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広島高等裁判所 昭和46年(ネ)175号 判決

控訴人

池田猛

代理人

小野実

被控訴人

山口県信用保証協会

代理人

大本利一

主文

原判決を取り消す。

被控訴人は、控訴人に対して、金四八万〇、〇四〇円とこれに対する昭和四五年九月二三日から完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。この判決は、控訴人勝訴の部分に限り、控訴人において金一六万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

原判決添付別紙目録記載(1)(2)の各不動産が石丸竹一の所有であること、前記(1)の不動産について、山口地方法務局徳山支局昭和四〇年六月一八日受付第四八〇九号をもつて、債権者一六商事有限会社、債権額金二〇万円、原因、同月一七日金銭消費貸借の同日設定契約、利息年一割八分、損害金年三割六分、債務者石丸靖二とする抵当権設定登記がなされ、また、前記(1)(2)の各不動産について、同法務局同支局昭和四〇年九月二五日受付第七八九〇号をもつて、債権者株式会社山口相互銀行、元本極度額金三〇〇万円原因、同年九月二五日相互銀行取引契約、同日設定契約、損害金日歩五銭以内、債務者株式会社富久屋とする根抵当権設定登記がなされていたこと、一六商事有限会社が、前記(1)の不動産について、山口地方裁判所徳山支部に前記抵当権の実行による競売の申立をなし(同庁昭和四一年(ケ)第五九号)、昭和四一年一二月三日、右競売手続開始決定がなされたこと、次いで、株式会社山口相互銀行が、前記(1)(2)の不動産について、前記抵当権の実行による競売の申立をなしたが(同庁昭和四一年(ケ)第六〇号)、前記(1)の不動産については一六商事有限会社の申立による競売手続開始決定がなされているので、昭和四一年一二月五日、前記(2)の不動産についてのみ右競売手続開始決定がなされたこと、そして、右の競売においては、前記(1)(2)の各不動産が一括競売に付され、昭和四二年五月二六日、控訴人に対する競落許可決定がなされ、控訴人において、競落代金三三〇万円の支払をなした上、同年六月一五日、所有権取得の登記を経由したこと、他方、被控訴人が、昭和四二年六月二七日、右競売における競売代金中金四八万〇、〇四〇円を配当として交付を受けたこと、ところが、その後になつて石丸竹一が、前記(1)(2)の各不動産の競落人たる控訴人を相手取り、一六商事有限会社の前記抵当権および株式会社山口相互銀行の前記根抵当権が石丸靖二の偽造文書によつて設定された無効のものである旨主張して、山口地方裁判所徳山支部に、前記(1)(2)の各不動産が石丸竹一の所有であることの確認、ならびに、控訴人に対し競落を原因とする所有権移転登記の抹消登記手続を求める訴を提起し(同庁昭和四二年(ワ)第一七一号)、昭和四四年二月四日、勝訴の判決を得たこと、控訴人は、右の判決に対していつたん控訴を提起したが、勝訴の見込がなく、取り下げたので、右の一審判決が確定するに至つたこと、ならびに、前記各抵当権設定およびその登記が石丸靖二において石丸竹一の名義を冒用して作成した偽造文書によりなされたものであることは、当事者間に争いがない。

ところで、本件のように、抵当権の実行による任意競売において、競落許可決定が確定し、競落人が競落代金の支払をなし、所有権移転登記を経由して、競売手続が完結した後でも、抵当権が偽造文書によつて設定され、抵当権自体無効である場合は、抵当権の有効に存在することを前提としてなされる競売手続自体が実質上無効となり、競落により所有権移転の効力を生じないのであるから、今更、民法第五六八条による契約の解除をなすまでもなく、競落人は、競落不動産の所有権を取得することができないと解するのを相当とする(大審院大正二年六月二六日判決民録一九輯五一三頁、同大正一一年九月二三日判決、民集一巻一〇号五二五頁、参照)。これと異なる被控訴人の主張は、採用し得ない。被控訴人の引用する大正八年五月三日および昭和九年五月一六日の大審院判決は、事案を異にする本件には適切でない。したがつて、控訴人は、前記(1)(2)の各不動産の競落人として競落代金を完納しながらも、その所有権を取得することができない状態に立ち至つたものといわなければならない。

そこで、被控訴人が交付を受けた前記競売代金に関し、不当利得の成否について検討する。

すでに認定したところによれば、控訴人は、前記競売において、競落代金三三〇万円を完納したのに拘らず、競落不動産の所有権を取得することができないことになつたのであるから、控訴人の納付した右競落代金が控訴人の損失に属することは明らかである。他方、被控訴人が競売裁判所から競売代金中金四八万〇、〇四〇円を配当として交付を受けたことが、被控訴人の利得に該当し、控訴人の損失が競落代金の支払に基づくものであり、被控訴人の利得が同一の競売手続における右競落代金の交付に基づくものであることに鑑みれば、両者の間には直接の因果関係があるというべきである。そして、前記競売手続が実質上無効である以上、控訴人は右競落代金の返還を請求できるのであるから、被控訴人の右の利得は、法律上の原因を欠くものといわなければならない。そして、また、被控訴人が受けた右の利益は、さきに認定したところによつて現に存在するものと認めることができ、これに反する証拠は存在しない。

そうだとすると、控訴人は、控訴人に対して、不当利得として右金四八万〇、〇四〇円の返還請求権を有することは明らかである。

もつとも、被控訴人が競売裁判所から競売代金の交付を受けた当時は、まだ、前記各抵当権の無効であることが被控訴人には判明していなかつたのであるから、競売代金の交付を受けた時から被控訴人を悪意の受益者と認めることはできないが、控訴人が競売の無効を主張して提起した本訴状送達の日であることの記録上明らかな昭和四五年九月二二日以降、被控訴人は、悪意の受益者となるものと解するのを相当とする。なお、被控訴人は金融機関ではあるけれども、善意の受益者であつた期間の利息は、民法七〇三条、七〇四条および民法一八九条の趣旨に照らしてこれを返還すべき義務はない。

そうしてみると、控訴人の本訴請求は、被控訴人に対し、右不当利得金四八万〇、〇四〇円とこれに対する被控訴人が悪意の受益者となつた翌日である昭和四五年九月二三日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において、正当として認容すべく、その余は失当であつて棄却すべきものである。以上と異なる原判決は相当でないから、本件控訴は理由がある。

よつて、民事訴訟法第三八六条、第九六条、第八九条、第九二条、第一九六条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(松本冬樹 浜田治 野田殷稔)

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